2012-06-01から1ヶ月間の記事一覧
上の訓読みに「u-e=上」があります。この音に含まれる「e」の音は「上」を 表します。前に高い「バー=bar」や山があり、それの「上を行く」と「バー」を 「koe=越え」る、山を「越え」ると言います。手を「上に上げる」動作にも「e」 の音が入っています…
親子で買い物に行き子供がリンゴが食べたいと言った時に親が小さい子供に好きな物 を「erabi=選び」なさいと言ったら、普通の子供は「大きい」のを「選ぶ」のではないで しょうか。前に東京「e=へ」行くのは「上り」で、東京から地方に行くのは下りだと述…
水を多く含んだ土を「duru=doro=泥」と言います。「durun=doron=泥ん」こ道を歩いたら 体の「下の部分=足」は汚れます。泥んこ道で倒れたら体全体が「泥んこ」になります。倒れる のは体全体が「地面に横這いになる」事です。体全体が「低い」位置にな…
朝早く、浅い、浅葱色などに含まれている「asa」や「asha」の音は「低い、下の、浅い、短い、薄い」 などを表すようです。一日の中で「asa=朝」は太陽が上がって「少しだけ」時間が過ぎた頃です。まだ あまり時間が「経って」いません。底から計って水が「…
漢字の当て字には成る程と感心する場合があります。「大雨」が降っても海辺、浜辺に 住んでいる人は大雨と土砂降りの関係に気づかないでしょう。しかし山の中の川辺に住ん でいる人は大雨は「dosha=土砂」を流すのを良く知っています。その被害を度々受けた…
土と泥の違いは水分をたくさん含んでいるかどうかで区分します。普通の土はあまり 「水分」を含んでいませんが、「duru=doro=泥」は「たくさんの水分を含んで」います。 「水」に「濡れる」と言います。土がたくさんの「水分に濡れている」状態が「泥」で…
屋我地は小さい島で、一番高い所で約50mです。「yagazi=屋我地=水辺、浜辺、海辺」 の地域だと考えられます。那覇市には海辺の地域に「kaganzi=kagamizi=鏡水」があり、山 の多い国頭村にも「kaganzi=鏡地」があり、そこは「海辺」の集落です。山や…
古くなった衣類は破れる場合があります。そういう時は昔は継ぎ接ぎをして修理してから着ました。 継ぎ接ぎの「tugi=継ぎ」はスメル語の「tug=繊維」と同じです。筵や茣蓙は藺草を「編んで作った」 物です。地面や床に敷いて使います。茣蓙の沖縄方言は「gu…
極まるや極めてに含まれている「kiam=kiwama」行音は「究極の」状態、 即ち「最高の、最後の、最悪の」状態を表すようです。果物をもぎ取るのは 実が「ure=熟れ」た時です。そういう時は「ki=機」が「熟した」と言い ます。「機=ki=ure=熟れ=熟した、…
「交わる」や「結ぶ」の意味がある言葉は「kama」行音や「gama」行音で表される ようです。男女の「交際」がうまく行くと「結婚」の契りを「交し」ます。結婚すると 同じ「kama=釜」の飯を食う事になります。男女が一対一の結婚をすると「一夫一婦制 =mono…
「zekka=舌禍」事件を起こす輩は決まっている ようです。 ある事柄を十分「理解していない」のに 知ったかぶりをする人と思われます。 私が「理解 出来るのはそこまで、それより難しくなると分らない」 と言う時に、ここまでが理解できる「限度」「seki= …
「a-idu=合図」の仕方に色々あるでしょうが、「腕」を上げて「手」を振って合図する 人が多いのではないでしょうか。合図の沖縄方言は「edu='edi=イェーヂ」です。合図、 イェーヂの目的は何かを「知らせる」事です。知らない事があるとそれを「知り」た…
「wa=我」が事、自分自身の事を名護方言では「我ニー=wa-ni'」と 言います。同じ意味の 二種類の言葉を並べて意味を強調する日本語の特質に照らすと「我=wa=ni'=私自身」と 推測出来ます。 「新しい」の訓読みは新潟の「ni'」と発音されますが、名護方…
赤城山の伝承と赤字は関係があるようです。「akazi=赤字」を「垂れ流し」続けると 「借金漬け」となり、何時かは会社は倒産するでしょう。首まで借金で「浸かっている」 などと表現します。「血を流す」「赤字を垂れ流す」「借金漬けになっている」「水に浸…
多大な時間、長く続く時間などを表す言葉が「しょっちゅう、始終」です。 名護方言 では「pit-tui=ヒッチュイ」と言います。 「p=b」ですので、「pit-tui=hit-tui」になります。 「hitugi=棺」に横たわっている人は「ずっと横たわったまま」です。「hitu…
済の言葉は「終った」状態、「使用済み、もう要らない」などを表します。「〜しなくて も良い、もう良いから」の名護方言は「shimutu=シムトゥ」ヨーです。 「もう終った事 だから」「気にしなくても良い」などの時にも使います。まだ使えるか、もう使えな…
年上の人や上司が期待している人や部下にこの事柄、この仕事の成功は 君の「katani=肩に」「かかっている」と言う場合があります。これをさも偉そうに、 難しく見えるように言い換えたのが「双肩」にかかるでしょう。「双肩」の音には 「かかる」意味がない…
釜戸は「煉瓦」を重ねて作っています。煉瓦は「粘土に水を加えて練り合わせて」 「お菓子の生地」のような物を作ってから焼いて出来ます。「kama=釜」戸の「kama」 の音は「交互に動かす、交ぜ合わせる」意味があるようです。魚は生で食べる時は刺身 ですが…
沢山の物、色々な物を「方々に行き、探し回り」、それを買い「集める」のを 買い「漁る=asaru」と言います。「探し回り、集める=asaru=漁る」です。物を 乱雑に置く悪い癖がある人はそれをどこに置いたか忘れてしまって、お家のあち こちを「探し回る」「…
チューカーとカーミーは水、茶、酒または穀物を「貯める」「容器」です。「kar」の音は 「貯える、溜める」を表すスメル語と同じだと前に述べましたが「karmi’=カーミ」 と、お上の「kami=上」や薩摩の守の「kami=守」はアッカド語の「kamu=karmu= 倉庫…
ハニカムなどお互いに「がっしり」と「噛み合う」ように作られています。強く 「繋ぎ止める」方法が「kamu=噛む」と考えられます。 強く「kami=噛み」合う ように作られているのが糸を「ami=編み」生地を作る編み物でしょう。「amu= 編む」のも一種の「k…
石に「tuma=躓」ヅクと「転んで」地面に倒れるかもしれません。酔い「潰=tubu」れても 「転んで」地面に「倒れる」可能性があります。さみしいはさびしですので「b=m」です。躓く の「tuma」と酔いつぶれるの「tubu」は同じ語源から派生した言葉と推測さ…
物を「入れる」容器は物を「貯える」のが主要な目的でしょう。水や泡盛だけでなくて 豆、米、などの穀物や梅干しなどの漬物も「kame=甕」に「貯え」られます。物を「貯える」 場合に容器に隙間なく「tume=詰め」込むか「tumi=積み」上げるでしょう。そう…
「komo=菰」は真菰を「編んで」作った野菜などの「入れ物」で運搬具です。お家の中に入って あまり外に出ないのを引き「komo=籠」ると言います。 容器や建物の「中に入っている状態、 入れられている」状態は「komo」など「kama」行音で表されるようです。…
重労働の後や激しく鞭打たれた後は体がきつくて「怠い」でしょう。 ダ行音をラ行音で発音する地域が沖縄にはあります。鞭打ちの刑がある 地方では「lalu=dalu=daru=怠」いのは「鞭打たれた」からだと思うのでは ないでしょうか。 スメル語では次の通りで…
同じ意味の二種類の言葉を並べて意味を強調する日本語の法則に照らし合わせると 情け容赦なくは「情け=nasake=容赦なく=切り捨てる=破り捨てる」と推測されます。 「nisik-aze=西風」も「一種の逆風」と見なして良さそうです。逆風の中の逆風は「北風」…
あの人もこの人も行くでしょうの「あの人もこの人も」は名護方言では「arim, urim= アリン、ウリン」と言います。戦場では特に宣誓をしなくても、部下は大将の「tame= 為」に働く、大将の命令に従うとの暗黙の了解があり、軍隊では「団結と服従」の「誓い…
開いていない、閉じられている状態を「切り割き 開く」のが、割腹、「seppuku=切腹」です。切腹 をしたら血が「流れ出す」でしょう。水道の「栓を 開ける」と水が「出ます」。「栓を開けて」「水を 出せ」の、名護方言は水「parashe'=パラシェー」 です。 …
とても酷い事をしでかしたら恥ずかしいです。人前で酷い仕打ちを受けた時も同じでしょう。 酷く恥ずかしい事は赤っ「恥=padi」とも言います。ストリッパーなど人前で服を「脱ぎ捨て」 「肌を見せる」仕事をするのは「恥」だと昔は考えられていました。 「脱…
物が必要かどうかは「ilu=要る」か「ila=要ら」ないかと聞きます。人の場合は そにに人が「olu=居る」か「olan=居らん」か聞きます。「olu=居る」の否定が 「olan=居らん」ですので、「ilu=居る」は誤用だった可能性があります。名護方言 では「olan…