どっさり、土砂降り、成熟

 漢字の当て字には成る程と感心する場合があります。「大雨」が降っても海辺、浜辺に
住んでいる人は大雨と土砂降りの関係に気づかないでしょう。しかし山の中の川辺に住ん
でいる人は大雨は「dosha=土砂」を流すのを良く知っています。その被害を度々受けた
でしょう。大雨と土砂降りは繋がっていると思っています。「dosha」や「dosa」行音は
「通常の範囲を越えた状態」を表します。同級生、同級生は沢山いても「友、友達」は
「深い」付き合いのある人です。「沢山の中」から選んだ「僅か」の人が「友達」です。
沖縄方言では「dusi, dushi=ドゥシ」と言います。「普通より悪い」状態、とても「困っ
た」時、「手に負えない」時には「do'si=どーし」よう、と言います。自分の「手の負
えない」事には「do'se=どーせ」と言います。とても「悪い」時に自分勝手に動くのは
「dosa=ドサ」クサに紛れてと言います。これらの事が分ると「大量の、多量の、溢れる
ほど多い状態」を表す言葉への単なる当て字が、土砂降りの「dosha=土砂」であるのが
分ります。 しかし山あいの人にとっては実にうまい当て字でしょう。普通の人に比べて
「霊感」が強い人を沖縄方言では「sedu=sedi=セジ」「高い」と言います。物が大量、
どっさりありそれを「積み上げる」と「高く」なります。「多い=高い」状態であるのが
分ります。 人間は「長い時間」を掛けて「沢山」の食べ物を食べて「seidu-ku=成熟」
します。「成熟した」果物は「とても美味しい」です。必要以上に「たっぷり」甘い言葉を
言うのが、お「世辞=sedi」です。

アッカド語とスメル語は次の通りです。

dushshu = どっさり、たくさん、アッカド語、英語では abundant

SHEDU    = どっさり、たくさん、スメル語、アッカド語の dushshu と同じ
         英語では abundant