山と山分けの本当の意味

山分けは「yama」の本当の
意味が分らなくなくなった今は
かなり悪質な当て字と考えて
良いでしょう。その字を当てた
頃は「山=yama」の意味が
分っていたので問題はなかった
でしょうが、今は説明を聞く
までは分らないでしょう。ある
事業に参加した「各人、それぞれ
の人に」働きに応じて「分け前を
与える、分配する」のを何で山が
入った言葉「山分け」で表現する
のかチンプンカンプンでしょう。
「それぞれの」の人、「各」人、
「個」人に名前があるように、
「それぞれの」「yama=山」にも
名前があります。山の漢字は
「それぞれ、各々、一つの、個」
を表す「yamattu=yama」への
当て字に過ぎないのす。「独自の
名前、他と区別する為、二つと
無い名前」の代表が「不二=富士」
「山」です。日本では多くの地域
に「不二=富士」が付く名前がある
のは当然でしょう。「yama=他と
区別する為の個別の名前、二つと無
い名前、不二、富士」、即ち「富士=
山」です。それが分ると、ある事へ
参加した「全ての人、各々に」一緒
に行動して得た物を「分けて与える、
分配する」意味があるのが頷けます。
山分けは「参加した各々に=yama=
山」「分け=分けて与える、分配する」
と分析出来ます。この「yama」の音
は「各々、それぞれ」を表す沖縄方言
のイヤー・ガ「タマシー」の「ta'am=
tama=タマ」と全く同じ状態を表して
います。



アッカド語とシュメール語は次の通りです。

yamattu = それぞれ、各々、アッカド語
英語では each

注: 分配を表す場合に使われる
used in distributive sense

TA'AM = 各々、それぞれ、シュメール語
英語では each