鳴り物入りでやって来た

  評判が高くて大歓迎されるのを「鳴り物」入り=illi=illu」でやって来たと言います。「鳴り物」は
「太鼓や笛などの楽器」です。日本語は同じ意味の二カ国を並べて新しい意味の日本語を作る場合
があるのを考えると「鳴り物=ili=ilu=楽器や音楽に関係がある言葉」になります。「鳴り物入り」は
「やって来る=はいる=入る=いる=ilu」にかかります。従って「今までとは違う別の世界」や「上の世界」
に「入る=ilu」と関係があります。その「新しい環境である別世界で活躍出来るかどうか」は「未知数」
です。不思議な事に新世界や上の世界では今までの世界や下の世界とは「色々=ilo-ilo」な面で「違い
がある」ようです。今までの世界、過去に「花を咲かせて人々を魅惑した」、「夢を与えた」ので、新しい
世界でも過去と同じような活躍は期待したが、それは「幻、幻影」だったと言われるケースが半分以上は
あるようです。 野球などでは甲子園や大学野球で華々しい活躍をした人でもプロ野球では活躍出来ない
人がかなりいます。プロでの活躍を期待したが「幻」になった。「幻影」だったのを英語では「illusion」
と言います。この音は鳴り物入りの「illi」や新入りの「illi」に似ています。「新入り」は言葉自体が
「別世界へ新しく」はいる、「入る=illu」事を表しています。「新=入り=illi=期待を抱かせるモノ=
夢を与えるモノ=幻に終る場合が多い」と連想出来ます。日本語は同じ意味の二カ国を並べて新しい意味の
日本語を作る場合がありますので「活躍が未定のモノ=活躍が幻に終る可能性があるモノ=新物=新=入り
=illi」と見なして良いでしょう。そう考えると「鳴り物=入り=illi=illusion=幻=見掛け倒しに終る
可能性がある=期待外れに終る可能性がある」になります。楽器を掻き鳴らす環境は楽しいです。カラオケ
が日本では流行っているように「鳴り物、音楽」はそれを聞いている間は「夢幻」の世界に浸っていると
言えるでしょう。「あの世に入る、死ぬ」ともう「見えなくなり」ますので、「会えなく」なります。どんな
に長い闘病生活の後に亡くなった人でも会えなくなったら、アエナイ最後と表現する習慣があったのかもしれ
ません。あの世に逝ったらもう夢幻の世界です。 景気や人情の変化に晒され易く「不安定な」状態は「水物」
と言われます。水は万物の器に従うと言われほどにその形は「変化」します。千変万化します。その状態こそ
まさしく英語の 「illilusio=イルージョン=幻影」でしょう。水入りと言われるように「水=入り=illi」
です。「楽器」には「zyam-zyamジャンジャン」鳴るのもあります。音楽は耳には聞こえますが、目には見え
ません。「実態が見えない物、捕まえられない物、捉え難いモノ」、「幻のようなモノ」が「音楽」と言え
そうです。 そう考えると「幻のようなモノ=音楽と水=入り=illi=illusion」になります。水は流れます。
音楽は流行ると言います。「流行り廃り、浮き沈み、変化が多い物、水物」が「ILI」の音で表されると考えて
良さそうです。

 アッカド語とスメル語は次の通りです。

milu = 洪水の始めの頃、(見る見る内に水かさが増える状態)、英語では early flooding

ELU = 変る、英語では change
ILLU = 水、英語では water

ILU = 歌、英語では song (「ILLU」とも表記する)

ZAMZAM = 歌、英語では song