石女を「生まず女」と読むのは正しいか

 石女に「生まず女」の意味がありますが「umazume」と読むのは正しいのでしょうか。
私は「間違い」だと思います。「生まず女」に「石」の音を当てたのはただ単に「音」が
似ているだけで「石」とは「直接の関係」はないと考えられます。間接的には「isi=熱」
ですので、子供産めない「冷たい=熱のない」女と言えるかもしれませんが、「isizu」には
別の意味があると考えた方が良いでしょう。「子供を産めない女」だけでなくて、「作物が
育たない農地」も英語では「barren」と言います。 英語・トルコ語辞典に「barren」を
入力すると「issiz yer」が出て来ます。この音は「issidu ye’ru=イシドゥ・エール=
石だよ」の名護方言と良く似ています。「不毛の土地、不毛の女」を表す言葉に「issi=石」の
音に近い言葉があるのです。私は「issiz yer」への当て字が「石女=生まず女」だと考えて
います。即ち「石女=イシズメ=issizu-me ← issiz yer」の変化があったと考えています。
昔は「石女=イシズメ=イシズの女」と読んでいたのではないでしょうか。

トルコ語では次の通りです。

 issiz yer = 子供を産めない女、作物の出来ない土地、無駄、屑
   英語では barren, wasteland, waste