蒔かぬ種は生えぬと真っ赤な嘘

、 蒔かぬ種は生えぬの本当の意味は何でしょうか。農民はその答を知っています。
いわゆる学者と言われている人たちが屁理屈を並べて解説しているだけで、その
解説は何の役にも立ちません。言葉通りならわざわざ解説する必要はないでしょう。
蒔かぬ種は生えぬは一言で言えば「弱肉強食」です。 動物界での「弱」肉強食を
植物の世界で述べた表現が蒔かぬ種は生えぬです。農民はこれは植えても良いと選
んだ種を植えます。植えても良い実が生らぬ「弱い」種と思ったら、それを種には
しません。食用に廻すでしょう。食用にもならないならないと思ったら肥料に使う
かもしれません。要するに次世代に繋ぐ種としては「向いていない」「とても弱い」
種を表現している諺が「makkannu=蒔かぬ」種は生えぬです。蒔かぬ種は生えぬと
殆ど同じ音で同じ意味の言葉が「makkannu=makkana=真っ赤な嘘」です。はっきり
それと分る嘘は事実としての根拠が「薄い、弱い」でしょう。真っ赤な嘘と言われて
いる事を信じる人はいないでしょう。十分な根拠がないと殆どの人が思っている時に
それは真っ赤な嘘と指摘したら拍手喝采を受けるでしょうが、それは正しいと殆どの
人が思っている事を真っ赤な嘘と言えば、そう言った人の頭が「弱い」、その人は
馬鹿ではないかと思われるでしょう。蒔かぬ種は生えぬの本当の意味、即ち「蒔かぬ
=makkannu=弱い」が分ってくると、政治家は声を大にして、人口が減少する今の儘
では将来必ず日本は「弱い」国になる、未婚の若者は早く結婚するよう努力して下
さい、その為の政策は取ります。蒔かぬ種は生えぬと言われないように頑張って下
さいと選挙演説ができます。 「弱い」人間はいつも他人に「huma=踏ま」れるで
しょう。 「さみしい=さびしい」ですので「huba=huma=踏ま」れるであるのが
分ります。「huba=弱い」と推測できます。相撲を見ると良く分りますが、土俵際
で「hunba=踏ん張」りが出来ないと負けてしまいます。「踏ん張りが出来ない=
弱い」と分ります。省略して書くと「huba=hunba=弱い」となるでしょう。気の
「弱い」人間が必ず守るべき大典が「huma=不磨」の大典と思われます。


アッカド語とシュメール語は次の通りです。

  makkannu = 弱い、アッカド語、英語では weak

  huba   =  弱い、シュメール語、英語では weak