正しくないのではないかと懸念する

自分が正しい事をしている、
予想通りうまく行っている状態
なら何ら「心配する」事はない
でしょう。何かを「kenen=懸念」
するのは予想が「正しくない」 、
うまく行っていない、「悪い」
事をしているのではないか、
「悪い」結果に終るのでは
ないかと「心配する」のが
「kenen=懸念」するです。
「kenu=kenen=正しい=
正しいかどうか気にかける
=懸念」と変化したと推測
出来ます。歯に「kinu=衣」
着せぬの「kinu」と同じです。
母音の変化が少し見られるだけ
です。共同体でどうすべきか
議案が出される場合があります。
その議案を可決するのは共同体に
とって良いか悪いか、討議され
るでしょう。「kenutu=kento'=
検討」されるとも言います。検討
の中に「正しい、為になる、役立つ」
を表す「kenu=ken」が含まれて
います。歯に衣着せぬの「kinu」、
懸念の「kenu=kene」、検討の
「kenu=ken」は違う漢字を使っ
ていますが、音と言葉の意味は
「本当である、現実である、
現実的である、実現出来る」
状態を表します。違う漢字を
使った為にその関連性に直ぐ
には気づきませんが、比較
検討すると同じか似た音、
同じ意味である「事実」が
浮かんできます。


アッカド語では次の通りです。


kenu = 本当の、実際の、正しい、英語では true, real

ke'nu'tu = 信頼性、正当性、英語では reliability, legitimacy