たくさんあるのをドッ「サリ=sari」あると言います。「shashi=奢侈」はとても物が「多く」てその中
には「高級品も含まれている」状態を表す言葉です。「shashi」など「shar=sar=sa」行音は「とても多い
数量」を表していると見なして良いでしょう。「suna=砂」の数ほど「多い」と表現しますが、砂の音読みは
土「砂=sha」など「sa=sha」です。「沢山の物が勢い良く流れる」状態を名護方言では「sar=サー」ラ・ナイ
と表現します。「沢山の人が集まり騒ぐ」と名護方言ではグヮサ・グヮ「サー=sar」スンと言います。「気が焦り」
早く何かをしたい時にも 「気=キー」ガサガ「サ=sar」スンと言います。何処でも王様は財産を「沢山」持って
います。アラブ人の王様も沢山の財産を持っていると言われます。アラブ人の王様は「シャー」です。フランスにも
「シャルル」という王様がいました。名護方言では「こんなに沢山」は「ussa=ウッサ」ナーと言います。かなりの
量は「yuka'la=ユカーラ」「ウサ=usa」と言います。沢山あるのを「mandun=マンドゥン」とも言います。善悪に
関係がなく「多い、程度が高い、最大、最悪、最低」なども「madu」の音は表すようです。「とても味が悪い」のは
「madu=不味」イと言います。自分が思っていた「以上の」力があると名護方言では「yuka'ra=ユカーラ」グテー・
アインと言います。トルコ語では「少ない、下の」と「多い、上の」を並べて「大体、大よそ、約」になっています。
物の数量を「多さ」で表す場合があるようです。「必要な数量はどのぐらいか」、「それに払うべき金額は幾らか」
という場合に名護方言ではチャッ「サ=sa」ガルーと言います。多いのと少ないのを比較する時にも「sa=差」を
使います。多さや少なさなど「数量や金額の比較」を行う時にも「sar=sa」の音を使っています。自分が「沢山」
の物を持っていると自負している「大金持や王侯貴族」はイケ・シャー「シャー=shar」と振る舞っていたのでは
ないでしょうか。
SHAR = 数多くの、数多の、沢山の、シュメル語、英語では numerous
madu = 数多くの、数多の、沢山の、シュメル語の SHAR に相当、英語では numerous
yukarida =(数量や位置など)上の、「の」は漢字の「da=的」です。「多くの」の「の」です。
トルコ語、英語では above
ashagi = 低い、少ない、下の、トルコ語、英語では lower, down, inferior, less, sub-
ashagi yukari = 多かれ少なかれ、大よそ、約、トルコ語、英語では about, more or less (英語では順序が逆になっています)