行き違いと生き血を吸われる

 同じ音を含む言葉はその根底に同じ意味があると考えられます。「行き違い=yikichi-gai」
と「生き血=yikichi」は「yikichi」の部分は同じ音です。二人の間で行き違いがあったなら
「うまく行っていない」証拠です。「生き血」を吸われるのは死に至るかもしれません。両方
に含まれる意味は「良くない、酷い、恐い」状態です。 日本語では「違反、異常、遺憾」の
「yi=i」の音は「反対、逆、否定」などの意味があります。「吉」は良い事で、日本語では
「不」を付けて「不吉」と言いますが、「違吉、異吉、遺吉」等で「不吉」の意味を表しても
「漢字」を見たら「不吉」と同じ意味だろうと推測できます。要するに「yikichi」への当て字
が行き違い、生き血に含まれる「yikichi」の可能性があります。欲張りの沖縄方言は「欲十=
ユクジュー=yukujyu’」です。十個あれば十個を一つ残らず全部自分の物にしようとする人、
少しも他人に分けようとしない人はユクジューと言われます。 欲張りがチームの中にいると
チームの和を「乱し」ます 。「チー」の音と「ヂュー」の音は近いですので、沖縄方言の
「yukujyu’」はトルコ語の「yikici」に近いかもしれません。「血」は訓読みでは「チ」と発音
しますが、前にその血を特定する言葉が来る時には「鼻血」のように「ヂ」の音になります。
「chi=di=ji」と見なせます。 昔は血液型がどういう作用をするか分らなかったと思われます。
「輸血=yuketu」は死に至る恐い治療法だったと推測されます。 「意気地=yikuji」なしは気
が弱いだけでなくて、チームを弱体化させる「有害な」要因になる可能性が高いです。その為に
チームが弱くなるのなら「破壊的な」悪い影響をチームに齎す事になります。

トルコ語では次の通りです。

 yikici =  破壊的な、有害な
         英語では destructive,

 注: 

1、トルコ語では「i」の上に「点」の付いていない文字がありその文字は「ウ」に
  近い音です。yikici の「i」には全て「点がついていません」。
  2、トルコ語のc は「ジェ=je」に近い音で発音されます。